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川合 玉堂

Gyokudou Kawai

 

明治6年 11月24日、愛知県葉栗郡外割田村に、父・川合勘七、母・かな女の長男として生まれる。本名・芳三郎。
明治20年 岐阜県尋常高等小学校を卒業。青木泉橋の紹介状をもって京都・望月玉泉の門に入り、「玉舟」の号を与えられる。
明治23年 勧業博覧会出品にあたり、玉泉の玉と外祖父・竹堂の堂をとって「玉堂」と改める。
明治29年 上京、橋本雅邦の門に入る。
明治31年 日本美術院創立。師に従ってこれに加わる。
大正4年 東京美術学校教授を拝命。
大正8年 帝国美術院会員となる。
大正13年 玉堂、小堀鞆音、下村観山、山元春挙、竹内栖鳳、横山大観、6人の淡交会生まれる。
昭和6年 フランス、レジョン・ドヌール勲章を拝受。イタリアの皇帝よりグランオフイシェー・クーロンヌ勲章を拝受。
昭和8年 ドイツ政府より赤十字第一等名誉章をおくられる。
昭和10年 帝国美術院会員に任命せられる。勲三等瑞宝章を賜わる。
昭和15年 11月紀元2600年式典当日、文化勲章を受章。
昭和19年 東京都下西多摩郡三田村町御岳に疎開、更に古里村白丸に転ずる。
昭和20年 牛込若宮町の住宅戦災にあい焼失。三田村御岳に移り「偶庵」と称する。
昭和32年 心臓喘息病をおこし、青梅の自宅にて療養。一時快復に向かっていたが病状が悪化し、6月30日午後零時40分急逝。享年84歳。(勲一等旭日大綬章を賜わる)