絵画買取のギャラリーホープ

 

酒井抱一

さかいほういつ

(1761―1828)

1761年

姫路城主、酒井忠以の弟として江戸に生まれる。
名は忠因、字は暉真、号は鴦村、軽挙道人、雨華庵、通称は栄八。

1778年

元服後、俳諧をたしなみ、さらに茶、香、和歌、蹴鞠など多種の才芸に親しみ、自由な文人として過ごす。

1798年

37歳の時、西本願寺の文如の弟子となり、権大僧都に任じられている。
絵は始め狩野派を学び、親交のあった谷文晃の影響を受け、沈南蘋の写生画・浮世絵・円山派・土佐派など、当時の諸流派の画風を広く遍歴したが、尾形光琳の作品に感銘をうけ、最後には光琳画風の復興を志すようになった。

1815年

光琳百年忌を営み、『光琳百図』『尾形流略印譜』を出版。

1828年

死去。

尾形光琳の影響の下に装飾性に富んだ草花・花鳥図を多く描いた。
鋭敏な感覚に貫かれたその絵画世界には、写生にもとづいた忠実な形態把握とともに、その根底に江戸文化、とくに俳諧の酒脱な精神が常に存しており、京琳派と異なった江戸琳派独自の世界を築いた。
彩色画のほかにも、宗達以来琳派において優れた特色を示す水墨画にも傑出した作品を多く残した。